『あとがき』(1)
私は自分の過去を振り返らないことを唯一の主義にしている男である。私の眼は常に、前へ前へ、先へ先へと向いている。すでに終わったことをクヨクヨと考えていても、生産的なことは何もないではないか。
そんな私が、この本で、私のやってきた過去の仕事について書いたのは、今の時代相があまりに暗過ぎるからである。物価高、石油危機、食糧難、明るい話題は何一つとしてない。何か、世の中をアッと言わせ、かつ、気分を爽快にさせるようなものはないだろうか。そう考えていた私に双葉社の塩沢実信編集局長が”悪魔の囁き”を吹き込んだのである。
「そんなら、どうです、康さん自身のやってきたことを書いてみたら・・・・・・」
私は固辞したが、塩沢氏は許してくれなかった。
「今は英雄を必要とする時代です」
その一言で、私はこの本を書くことになった。
五木寛之氏の著書『男だけの世界』のなかに”興行師”を題材にした『梟雄たち』という短篇がある。
その中で主人公の岩森という”呼び屋”が、
「私が扱っているのは芸術なのだ。人間の心を打つ、ほんとうの芸術だけを呼ぶ。金儲けならもっとうまい手があるさ。私はね、超一流だけを呼んできた---」
と言って胸を張るシーンがある。
私も岩森のようにやってきたつもりだ。
・・・・・・次号更新【『あとがき』(2)】に続く
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