『滅亡のシナリオ』:プロデュース(康芳夫)

プロデュース(康芳夫)
ノストラダムス(原作)
ヒトラー(演出)
川尻徹(著)精神科医 川尻徹

滅亡のシナリオ(11)

少年時代に体験した”神の啓示”

「神の王国・・・・・・!?」

またまた呆気にとられている中田をおもしろそうに見ながら、煙草の煙を吐き出す川尻博士である。

「いいかね、、中田君。われわれ日本人は、とかく宗教的なものとは縁がないから、キリスト教的な世界観を理解できない。ところが、ヒトラー研究では、キリスト教という宗教的な側面を絶対に無視することはできないんだ。なぜなら、彼もまたキリスト教社会の中に生まれ、聖書を読んで育った人間だからだ。

だから、私が『何が世界の歴史を動かしているのか』と疑問を抱いた時に、まず突き当たったのが聖書なんだよ。聖書は地球上の二〇億人が読んでいる書物だよ。ということは、聖書の言葉で語ることによって、多くの人間を動かせるということだ。ということは、歴史も動かせるということになるな。・・・・・・しかもヒトラーは、早い時期から『人は発展途上の神であり、自分は民衆の指導者として神に近づく存在である』という宗教的な固定観念を抱いていたらしい。つまり自分は、神の恩寵と啓示を受けた、一種の予言者だと思っていたんだな。そんな彼が聖書を無視するわけがない」

「彼はそんなに宗教的人間だったんですか」

「『ヒトラーとホ ルスの時代』を書いたジェラ ルド・サスターも『ヒトラーはもともと敬虔なカトリック教徒であった』と言っている。その後、彼はさまざまな異教的信仰を研究したが、彼は最後の最後までキリストの僕たる予言者として生きた。彼の神秘的な宗教体験の証拠は、ここに書かれている」

博士は手許の書棚から分厚い本を取りあげた。ヒトラーの生涯について徹底的に調査したうえで書かれたジョン・トーランドの伝記、『アドルフ・ヒトラー 』(集英社刊)の上巻だった。

「この第一部『幻視者』の中に、彼が一七歳の時に”民衆の解放者たれ”という神の啓示を受けたことが書かれている」

中田はその部分にザッと目を通した。彼も以前、この上・下巻で一◯◯◯ページを超す本を読破したことがあるが、なぜかその部分については記憶がなかった。あまりにも些細なこととして読みすごしてしまったからだろう。

---それは一九◯六年のことである。当時一七歳のアドルフ・ヒトラー少年は、リンツで一種の浪人生活を送っていた。ある日、彼はアパートに同居していたクビツェクという友人とともにワグナーのオペラ『リエンツィ』を見た。彼の神秘体験は、その直後に起きた。

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「ほとんど不吉といってよいほどの表情を浮かべながら、彼は当惑した友人を、ある険しい丘の頂上までひっぱっていった。そして突然、熱に浮かされたような目をしながら、耳ざわりなしわがれ声で話しはじめた。クビツェクの目には、だれかほかの人間が友人に乗り移ったように見えた。・・・・・・その夜のアドルフはまるで見知らぬ人間であり、あたかも、『いつの日か彼にゆだねられる特殊な使命 』---民衆を解放に導けという呼び声---のとりこになったように大言壮語した。・・・・・・この丘の上の幻視体験のあとに、彼自身、ドストエフスキーの作中人物のように、疎外され傷ついたと感じる憂鬱の時期が続いた。・・・・・・」

(『アドルフ・ヒトラー」上巻 ・二四ページ)

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・・・・・・・・・次号更新【聖書は、千年王国建設のための計画書だった!】に続く