『諸君!』昭和57年(1982年)11月号:衝撃の新事実!三島由紀夫が絶賛した戦後の一大奇書『家畜人ヤプー』の覆面作家は東京高裁・倉田卓次判事:森下小太郎

『諸君!』昭和57年(1982年)11月号より

「沼正三」を演技する

もう一つの証拠---これは、あとで矢牧氏から聞いた話だが、私と矢牧氏の電話でのやりとりのあと、天野氏のあわてようは尋常のものではなかったらしい。

私から「天野は沼正三じゃない」とはっきりいわれて驚いた矢牧氏は、天野氏を呼んで「ぼくの学校時代の友人の森下がこんなことをいってるけど」と問い質す。「いや、実は沼さんからぼくは全権を委任されてるんだ」と天野氏。なんでも彼のいい方によると、

「沼というのは、”北海道開発庁長官”みたいな偉い人だから、どうしても身分を明かせないんだ」

という説明だったらしい。

で、「森下には俺が話をつけてやる」と引き留める矢牧氏を振り切って、天野氏は私の家に駆けつけた。その出かけるときの形相の凄さといったらなかったという。

それまで訪れたことのない、神奈川の片田舎にある私の家へ、道を尋ね尋ねやってきたほどだから、その勢いの凄さは推して知るべし。沼正三になりすますつもりが、私の余計な口出しでフイになりかけているとあっては、それも当然であった。

---そんなわけで、彼が最も恐れているのは、この私のはずである。

その後も彼は「沼正三」たらんと努力はするのだが、それも私のいない場所でだけ。

たとえば、新宿ゴールデン街で女の子にせがまれてサインするときなど、「沼正三」としたためるのである。たまたま私がその場に居合わせ、そのサインをのぞきこんだとき、彼があわてて「代理人」と書き足したのには笑ってしまった。

しかし笑ってばかりもいられない。バーのホステスの足の裏を舐めたりの醜態を繰り返していることを「本物」の沼正三が知れば、なんというだろう。いや、こんなのはご愛嬌かもしれない。それよりも、他人の作品を自分のものにしてしまう行為は、物書きの風上にも置けないというべきではないか。

もう一つ、天野氏の行状を記しておこう。五十三年のことである。

ある人から、

「玉井敬友の主宰する『シアター・スキャンダル』が渋谷でマゾヒズムについての討論会を開くそうだ。そこで沼正三が講演するらしいから、行ってみないか」

と誘われた。この人物は、私が沼正三に会っていることも、沼と天野は別人ということも知った上で誘っており、いわば、ひやかし半分なのである。

「本当に沼正三がやって来るのか」

「だって、広告にそう謳ってあるもの」

行ってみると、たしかに客はわんさと詰めかけていた。『奇譚クラブ』の愛読者たちにしてみれば、あの沼正三をこの眼で見られる、というわけで、いいかげん年をとった連中が集まっている。

あまり混み合っているので、私と誘ってくれたその人物とは、舞台の袖近くから見物することにした。

舞台を見ると、やはり天野氏がそこにいた。やがて、彼は私の視線に気付いたらしい。途端に、

「いや、私は沼正三本人ではなくて・・・・・・」

と始まったのである。

あとでわかったことだが、われわれが会場に到着するまでは、「マゾヒズムというものは・・・・・・」などと、偉そうに喋っていたというから、広告につられて集まったお客こそいい迷惑だったろう。

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