正統なる虚業家 康芳夫(4):車を爆破させられそうになった熾烈なプロモート合戦
いまや音楽業界では伝説ともなったトム・ジョーンズ公演、そしてその立役者であった康氏。だが、その氏をしてロマンとも言わしめた興業があった。それが、前年、72年のプロボクシング、ヘビー級、モハメッド・アリ vs マック・フォスター戦の実現である。
昨今、日本では、ボクシングというと亀田兄弟くらいしか頭に浮かばない人も多いかもしれないが、昔も今もプロボクシングのヘビー級の試合といえば、アメリカではキングオブスポーツであり、最高の興業でもある。なかでも、モハメッド・アリことカシアス・クレイと言えば、不世出のスーパースターであり、その興業を打つというのはプロモーターにとっては夢であった。まして、極東の島国にアリを連れてくるなどということは、実現不可能としか思われなかった。しかも、康氏は、以前もアリを呼ぼうとして、直前で(アリのベトナム戦争徴兵拒否など)挫折した経験があり、それだけに、より熱はこもった。
「モハメッドの場合はね。アメリカでも大変な興行権の争いになっていた。表向きは、テキサスならテキサス、二ューヨークならニューヨークと各州のボクシングコミッションが厳しい監視をしているのだけど、その裏では・・・プロモーターたちの間で凄まじい駆け引きがある。そして、その後ろにはマフィアがいてね。あの有名なドン・キングの後ろにもマフィアがいた。そこに僕が割って入ろうとしたワケだからね」
特に最初の交渉時、ニューヨークにいた康氏は、こんな信じがたい経験をしたという。
「僕の車に爆弾を仕掛けたという情報があって、警察を呼んで調べてもらった。結果的にそれは、ガセというか、事実じゃなかったワケだけど、そんなのしょっちゅうですよ。それから夜中に”とんでもない”ワケのわからないヤツらがきて、ホテルのドアをどんどん叩いて騒いだりね。ま、守衛を呼んで追っ払ってもらったり、常に身の危険は感じていましたよ。順番から言うと次のアリの興業は、テキサス州でやることになっていた。そこのプロモーターがしつこい男でね(笑)随分、嫌がらせをされましたよ。FBIとかもうるさいんで、命を直接狙うというのはなかったけど。ともかく、神経戦で攻めてくる。部屋に盗聴装置を仕掛けられたこともあった。そのおかげで、僕らの会話、弁護士とのやりとりなど、全部筒抜けになってね。さすがの僕も眠れないということがありましたよ」
熾烈、という言葉を超えたプロモーターたちの鍔迫り合いだが、そんななかでも康氏は一手、一手と駒を進めていく。
・・・次号更新に続く