『滅亡のシナリオ』:プロデュース(康芳夫)

プロデュース(康芳夫)
ノストラダムス(原作)
ヒトラー(演出)
川尻徹(著)精神科医 川尻徹

ハウスハウァー教授から学んだ影武者(ダブル)操作(1)

「では、実体のヒトラーはアロイスを人前に出させて、自分は陰に引っ込んでいたわけですか」

「ふむ。実体の性格を精神神経学的に判断すると、彼は非社交的で大勢の人と会うことを嫌ったようだ。だから集会とか外交使節との関係などは、ダブルにやらせたのではないかな。また、高所恐怖症的なところがあり、飛行機での旅行を極端に嫌った。だから、飛行機に乗ってどこかへ行く時は、ダブルが乗ったに違いない。

これは私の推測だが、実体のヒトラーは、ティー・ハウスにいたアロイスと入れ替わって、まるで主人のような顔をしていたのではないかと思う。アロイスの店にはナチ高官がよく出入りしていたという。実体はそこで指令を出していたのではないか。鬘をとってしまえば禿頭だから、客はアロイスだと思うだろう。喫茶店の地下に通信施設があれば、そこで政務を執ることは可能だからね」

「え?そうすると、ベルリンの一隅にある喫茶店の、禿げ頭の親父が、実は第三帝国を率いるフューラーだったわけですか・・・・・・」

「うむ。そう考えると、歴史にもロマンが生まれるのではないかな」

そう言って愉快そうに笑う川尻博士である。

中田はまた唖然となった。

「エバ・ブラウンが戦後四〇年たった後に落合氏の本の中に出現したのも、戦後五年たってアロイスニ世として実体が写真を公表したのも、たぶん何か意図があってのことだろう。おそらく歴史の背後に影をひそめた同志たちに『我は健在なり』というメッセージを伝えたのだろうと思うがね・・・・・・」

この山間の精神病院の院長室で、万巻の文献資料に埋もれながら、川尻博士は深夜まで煙草をくゆらしつつ、歴史の謎であるヒトラーについて、推理に推理を重ねてきたのであろう。いま、中田信一郎という聴き手を得て、博士は驚くべき仮説を次々と繰り出してくる。中田はただ呆然と耳を傾けるだけだ。

・・・・・・・・・次号更新【ハウスハウァー教授から学んだ影武者(ダブル)操作(2)】に続く