戦後の文学界に衝撃 マゾの奇書「家畜人ヤプー」覆面作家は高裁判事 東大卒のエリート

集団ペンネームの要素のある沼正三の名で

集団ペンネームの要素のある沼正三の名で創作的欲求を満たしてみたくなった、とする天野哲夫は「家畜人ヤプー」を執筆するのだが、何人かに〈知恵をお借りした〉。倉田氏は、その一人である。

〈諸文献に通暁すること現代の南方熊楠にも比定すべきか、万巻の書中を縦横に遊び尽せる達識のK氏もその一人であった。氏は性心理学に詳しく、クラフト=エーゼングやヴィルヘルム・シュテケルの読み手としては当代屈指とさえ思うが、それは、氏の余技の一部にすぎない。〉

天野哲夫は、この時、倉田卓次の名前を使用せず、K氏としている。

天野哲夫は続ける。〈さりとて、小説の構想を実際にまとめ上げていくのは、予想以上に至難の業であった。ために、幾たびも、K氏を含め先輩畏友の意見を叩き、原稿の批判を仰ぎもした。しかし、先の連鎖エッセーと違って、『家畜人ヤプー』そのものはどこまでも私一人が文責を負う私の著作である。としながらもー躊躇するものがあった。なべて文なるもの、盗作ならざるはなし。実際、沼正三なる名は私一人のものでないという意識が強く働いた。これは仮説人格(フィクション)である。〉

問題は、倉田卓次が、森下小太郎と文通していて、「沼正三」として「家畜人ヤプー」の内容を連載前に書いたことだろう。

〈知恵をお借りした〉のが倉田卓次であるので、当時〈連載に先立ち『ヤプー』の内容とそのストーリーの展開について、あらかじめ知っていた数少ない人の一人である。〉と天野は書く。

・・・次号更新【連載「沼正三」をめぐる謎 高取英】に続く

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