裸のおみ足の先を口の中に・・・

『諸君!』昭和57年(1982年)11月号より

『諸君!』昭和57年(1982年)11月号より

遺稿集には、倉田氏と『ヤプー』を結びつける次のような記述もある。

<その時「世代」編集の苦労話も聞かされ、「なにか良い特集プランはないかしら」などとも訊かれた。雑誌編集には全く無経験の私は、何の智慧も出せなかったが、ちょうど SFに興味を持ち始めて、神保町でGIの読んだSFの古雑誌やペーパーバックを集め出していた頃だったので、その話をしかけた。彼が関心を示さなかったので、当時私の読んでいたスペースオペラやハードSFでは、遠麟のめがねにかなうまい、と一人相撲でおりてしまった。---文学のコネスゥールとしての彼に一目おいていたということだが、ファンタジーに話しを拡げて、ダンセイニの作品なんかだったらもっと勧められたのではなかったか、など思わぬでもない。>

先にも記した通り、『家畜人ヤプー』はSF仕立てになっている。「仕立て」とはいっても素人芸ではなく、SFに対する造詣が相当に深くなければ書けないと思える程、本格的なものである。

そんな作者が、若いころから好んでスペース・オペラやハードSFを読み漁っていたと聞けば、誰しもなるほどと肯くのではあるまいか。

---話は前後するが、あれほど己れの身分を隠すのに注意を払った沼正三が「麟一郎」の名付けに関しては、いささか、”危険”な方法をとったらしいと述べた。

このことについては、思い当たることがある。沼正三は、作中人物の名前を付けるのがまったく不得手だった、そう思えるフシが多多あるのだ。

私と文通を重ねていた当時、彼は度々、名前に関して相談を持ちかけてきた。

そのよい例が、ポーリーンの妹の名を決めるときである。

『家畜人ヤプー』には、多勢の外人女性が登場するが、最初に出てくるのがクララ・フォン・コトビッツ。瀬部麟一郎の婚約者である。ところが作者の沼正三は、クララ以外の名前を思いつかない。彼の頭にスッと浮かんでくるのはドイツ人の名ばかりで、英国人の女性の名となるとまるで考えつかないらしい。

そこで、私の姻戚にドリスなる名の英国系女性がいるのを彼は知って、

「ドリスという名を使っていいか」

と書いてきた。もちろん私は、ドリスなどという名前はどこにでもあるから「使っていいよ」と返答した。

実をいえば、このドリスと沼正三は文通をしていたことがあるのだ。

前に記したように、彼は私の妻とあわよくばプレイしたいと願いつつ上京、拙宅を訪れたものの、不首尾に終わった。

で、私と手紙のやりとりをするうちに、ドリスの存在を知り、私を通じて文通をせがんできたわけだ。もっとも、ドリスは沼正三という男にまるで関心を示さず、しばらく文通をしていただけで、やはりプレイにまでは至らなかったが・・・・・・。

ちなみに、沼はドリスとの文通の際にも、その類いまれなる語学力を発揮している。イタリア語を常用するドリスに、イタリア語で手紙をしたためたいがために、わざわざイタリア語を勉強したのである。

その成果を、ここでご紹介したいところだが、本人が添えてきた訳文を掲げるにとどめよう。

<ドリス様、私は沼と申します。昔のローマの王の名前ですが、あなたはどうぞ犬の名として記憶して下さい。沼というのは、そういえば犬の名らしく聞こえるでしょう。森下様のお話しでは、あなたは飼い犬を鞭で責めて殺しておしまいになったとのこと。私もあなたのお手で鞭打たれたいと思います。森下様からお聞き下されば分かりますが、大変醜い顔をしておりますから、あなたは私を本当に犬のように扱うのに、なんのご遠慮も要りません。しかし、殺されては堪りません。そこで鞭を許していただけるよう、犬の私はあなたの足を舐めます。裸のおみ足の先を口の中に入れて吸います。どんなに汗で汚れていても平気です。私は賤しい犬なのですから。

ドリス様には、今までに沢山の奴隷がいたことと思いますが、私 のような人がありましたか。あなたは日本人の奴隷に足を舐めさせたことがおありですか。まだそんなことがなかったら、舐めさせてみたいとはお思いになりませんか。昔の女王様になったようで、ちょっと面白いだろうとお思いになりませんか。もし舐めさせてみたいとお考えでしたら、ご返事をいただけないでしょうか。今度東京に行きますとき、ご連絡しまして舐めさせていただきます。ご返事がもしいただけましたら、今度はもっと汚ないものを私が口にする決心をしていることを申し上げるつもりです。

あなたの犬なるNUMA>

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