虚人魁人 康芳夫 国際暗黒プロデューサーの自伝/康芳夫(著)より

虚人魁人 康芳夫 国際暗黒プロデューサーの自伝/康芳夫(著)より

迫りくる戦争の影(1)

その頃の私は家に帰ってもその複雑な思いを毎日引きずっていた。当時、医院をやっていたので私の両親は近所のつきあいも非常に良かったし、医者としての腕も信頼されていたようだ。両隣の薬屋さんとか豆腐屋さんとか、印刷屋さんなんかが患者さんで家族ぐるみ仲良くつきあっていた。下町独特の人情にもあふれ、私たち兄弟も近所のおじさんやおばさんに可愛がられた。ほかにもいろんな日本人が毎日のように医院にやってきた。私の親爺も気さくな人柄なのでそれらの人たちと本当に仲良くつきあっていたのだ。当時、中国人留学生の面倒もよくみており、いま、水道橋駅近くで有名な中国料理屋「北京亭」の主人、江さんもその一人だ。彼は当時日大経済学部に留学し、現在八十数歳のはずだ。いまだ「毛沢東主義者」としてがんばりつづけている。

しかし、日中戦争が拡大し太平洋戦争が勃発するとしだいに近所の様相も変わりはじめた。仲良くつきあっていた豆腐屋のお父さんが徴兵され、中国大陸に行って中国人を敵として戦いはじめる。印刷屋の親戚が中国大陸で戦死、無残な姿で帰国して家族が悲しみにくれる。毎日配られる新聞紙面には中国や中国人を敵対視する声が日々高まっていく。近所の空気がみるみる変わってゆくのを家族全員でひしひしと感じとっていたのだ。自然に医院に来る患者さんが減っていく。あんなに仲の良かった、近所で会う人たちの態度が、少しずつ私たちから離れていく。まだ小さかった私たち兄弟にも、その事実がはっきりとわかっていた。

・・・次号更新【『虚人魁人 康芳夫 国際暗黒プロデューサーの自伝』 official HP ヴァージョン】に続く

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虚人魁人 康芳夫 国際暗黒プロデューサーの自伝/康芳夫(著)より

一寸先は闇、の不安きわまりない世界。まさに一発勝負、大金を握ってディーラーと向かいあうような緊張感、体を張って生き残る独特の世界こそ「呼び屋」の醍醐味。

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