都市出版社版『家畜人ヤプー』(1970年発行)

初めから多数者の理解はあきらめている、あるいは、拒否している作品ではある:家畜人ヤプー普及版(都市出版社)より・・・5

第一回は昭和三十一年十二月号に載ったのであるから、もう足掛け十五年前になる。奥野氏の解説における初出年代の誤植からか、初版本の評家は十年前の著作として論じた向きが多かったが、十年前というと『SFマガジン』が創同された年である。実際には、その時点ではこの小説ももう中絶していた。

中絶したのは、主として私的環境の激変から執筆が困難になったからであるが、困難と不可能とは違う。困難を克服する意欲を失わせたのは、奇譚クラブ編集部が検閲を顧慮して多くの章句に剪裁潤色を求め、本書末尾の章の原稿が返却されて来たからであった。これは、たまたまこの雑誌が「極めて真面目」であったことの証左であるが、逆に言えば、たった十数年前の客観情勢・世道人心は、それほど厳しかったのである。・・・・・・それでも、読者の支持が多ければ、訂正に応じて書き続けたかも知れない。しかし、誌上の読者評は、もちろん少数の熱心な支持者はあったが、振仮名が多過ぎて難解で困るとか、肉便器という字面を見ただけで読む気がしない、とかいった消極的意見のほうが多かった。初めから多数者の理解はあきらめている、あるいは、拒否している作品ではあるが、同好異端の者の同人誌ともいうべき雑誌ですら少数者しか読んでくれない・・・・・・それは作品内容から当然のことなのか、とも思えた。結局、本書第二七章までで中絶したのであるが、中絶を詫びる読者への挨拶文の末尾に、美酒の酔いに任せ、アンリ・ベールの顰みに倣って、to the happy few と記したのを記憶している。

・・・次号更新に続く