猪木・アリ戦(5):アリの深い警戒心と猪木の純粋な動機・・・2
あの試合を振りかえると、もっと明白なポイントがある。序盤のラウンドで、一瞬、猪木がアリの腕をつかんだシーンがある。真剣なルールでやっている試合だから、その時、猪木はアリの腕をへし折ることもできたはずだ。ボクサーはボクシングの動きは鍛えているが、腕は細い。プロレスラーの力にかかればひとたまりもないだろう。しかし、世界の頂点にいる黄金の腕をへし折ることができるだろうか。いくら異種格闘技戦とはいえ、アリの腕をへし折ってしまったら世界中から非難どころか、命を狙われるに決まっている。猪木の頭にもそんな考えが一瞬よぎったのだ。
そのすきに、アリはさっとロープに逃れた。そしてその後アリはいっさい、組みあいには応じなかった。猪木も横たわるしかすべがなかった。一回、起きあがったところをアリに一発強烈なパンチを浴びて、グラグラっときた猪木は、再びリングに寝ての足蹴り攻めに徹する。彼はその後、二度と起きあがらなかった。そしてついにゴング。世紀の対戦は判定に持ちこまれ、最悪の結果の引き分けとなったのだ。後日、猪木は私に言った。「康さんだけに話すことですが、どうしてもアリの腕をへし折れなかった。彼の右腕は世界の宝ですから」。
アリはその後脚の負傷でロングビーチの陸軍病院に入院してしまう。取材をいっさい拒否するほど、彼は精神的にもショックを受けていた。それほど、予想の何倍も猪木の足蹴りが効いていたのだ。私もその病院にアリを見舞いにいったが、足の腫れが想像以上にひどかったのと、彼の落ちこんだ表情を鮮明に覚えている。約ひと月ほど入院したアリは退院後、周囲の人間にいつもの強気の言動とは裏腹に、「猪木とはもう二度とやりたくない」と愚痴をこぼしていたという。
・・・猪木・アリ戦:続く