都市出版社版『家畜人ヤプー』(1970年発行)

逆ユートピアの栄光と悲惨・・・15

さて、話題をイース帝国内に戻すことにする。航時機によって、イース帝国に拉致された麟一郎とクララの辿る運命は、容易に予測されるだろう。畜類たる黄色人種が、神たる白人女性の婚約者であるなどということは、イース世界の住人たちにとって信じられよう筈もない。クララが手厚くもてなされて、次第に神としての権威を身につけていく一方、麟一郎の方は、様々な訓練と教育を受けつつ、次第に完璧なヤプーの「リン」へ変形されてゆく。あのテラ・ノヴァ腸虫(ヘルミンス)を腸内に挿入され、皮膚強化処置(デルマタイジング)を施され、去勢され、白人の排泄物への嗜愛を仕込まれ、白人への敬神的忠誠をたたきこまれて・・・・・・。こうして、かれは転倒したヒエラルキーの階梯を逆に登りつめて、汚辱と隷従と苦痛のうちに快楽を見出し得る、被虐の国の完全な住人へと成長してゆく。この小説は、一種の教養小説(ビルデングス・ロマン)として読まれるべきだろう。

元来、ユートピアの描写には、詩的文体はふさわしくないものらしい。それは、初めに述べた、あるべきユートピアンの資質からして当然のことだが、沼正三は文体自体のうちに幸福を紡ぎ込むことを潔癖に断念している。重要なのは語られる内容であって、言葉ではない。今までの二、三の引用でもおわかりのように、無味乾燥と言ってよい散文的文体が全巻を一貫している。いささか言葉に溺れた唯一の例外として私の眼に映ったのは、第二十四章3の末尾の、次のような一節だけである。だが、互いに逆の方向にむかって成長していく麟一郎とクララを一点に重ね合わせて、たまゆらの交差を描いたこの数行は美しい。

・・・次号更新【逆ユートピアの栄光と悲惨:家畜人ヤプー解説(前田宗男)より】に続く

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