虚人魁人 康芳夫 国際暗黒プロデューサーの自伝/康芳夫(著)より

虚人魁人 康芳夫 国際暗黒プロデューサーの自伝/康芳夫(著)より

KGB、上納金、裏の真実(1)

このボリショイサーカス一行のギャラは、ほかのものと比べて信じられないくらい安かった。当然、船で来る運賃や動物のエサ代や管理費、ホテルの宿泊費などはすべて興行主催者側のこちらがが負担する。それとは別に当然、サーカス団一行のギャラが派生する。しかし、このギャラがボリショイサーカスの場合、何と、ほとんどタダ同然だったのだ。

これにはわけがあった。このボリショイサーカス団はソ連の公式機関、つまり芸術公団だった。そして、このサーカス団は単なる興行目的ではなく、当時、国交が成立していない日本に対する対日文化攻勢の一翼をになう政治活動の意味もあったのだ。ソ連政府もこのボリショイサーカス団の日本への派遣を非常に重要視していたのだ。だから、ほとんどギャラは請求しなかった。

こんなもうかる仕事はほかにないだろう。ほとんどノーギャラで千駄ヶ谷の体育館や全国の会場を満席にしてくれる。まさに打出の小槌のような呼び物だ。しかし、タダほど怖いものもない。このサーカス団はギャラ以外の見かえりをしっかり要求していたのだ。

大盛況の公演中、千駄ヶ谷の体育館の駐車場でこんな光景に出くわしたのをはっきり憶えている。私が、体育館から駐車場のほうに歩いていくと駐車場に停めてあるサーカス団の車からロシア語の怒鳴り声が聞えてくる。何だろう、と思って近づいて見ると、おかしなことにしなびた黒の制服を着た運転手がサーカス団の団長に何事か怒りくるって罵声を浴びせている。団長は下向きかげんに怒られっぱなしだ。

「何で団長が運転手に怒られるんだろう」と不思議に思って歩いてきた神に聞いたら、声をひそめて耳元でこうささやいた。「あの運転手は本当はソ連のKGBの幹部なんだよ。運転手に化けてサーカス団と行動をともにして活動しているんだ」。

・・・次号更新【『虚人魁人 康芳夫 国際暗黒プロデューサーの自伝』 official HP ヴァージョン】に続く

---

---