虚業家宣言:康芳夫

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虚業家宣言(17):正力松太郎の別邸を襲う

◆正力松太郎の別邸を襲う

最後の仕上げにかかるに際して、私はかねがねある人物にネライをつけ、的をしぼることに決めていた。

彼を押えさえすれば、『読売』、『日本テレビ』の線で、資金面、中継面はまず完全にカパーできる。しかも、彼→田辺宗英後楽園社長→真鍋八千代氏の線で、日本ボクシング・コミッショナーも、絶対に文句をつけてくるようなマネはできない。これほどウマイ話はあるまい。

『読売新聞』を再興し、一代にして日本の民間テレビを築き上げた男・正力松太郎。私と神さんが目をつけた男は正力松太郎であった。だが、それまでにわれわれが正力を知っていたというわけではない。個人的にはまったく未知と言っていいほどだった。

では、われわれはどうやって、あの大正力に近づいていったか。

われわれが正力に近づきたがっているのを知って、政、財界の大物や、右翼の大物を仲介者として紹介しようかという話も、あちこちから持ち込まれた。彼らに頼めば確かに正力が、否と言えるはずがない。いっそ、彼らの助けを借りようか、私はそう思ったこともある。

だが、私も神さんも、ここまで自分たちの力でやってきたんだ。いまさらという気持が強かった。私としても、事が事だけに安易な方法を選びたくなかった。

私は丁重にそれらの申し出を断わると、今度はあらゆる筋を通じて、正力松太郎の身辺を調べ上げるのに全力を尽くした。攻撃するにはまず敵を十分よく知らねばならない。

すると、ある人物---これは絶対に明かすことはできない---を通じて、絶好のネタが飛び込んできたのである。

こういう情報だった。

---神楽坂に正力さんの愛人の家があり、週のうち何日かを正力さんはそこで過ごすことにしている。しかも、このことを知っているのは『読売』の重役のなかでも、ごく限られた人物、務台社長を初めとする数人に過ぎない---

シメタ---と私は思った。すぐに私と神さんは行動を開始した。

翌早朝、まだ日も昇らぬうちに私と神さんはその正力さんの神楽坂の別邸を襲ったのである。

とにかく寒かった。ガタガタ震えながら、門の前で待っているが、中からはいっこう人の出て来る気配がない。二時間ばかりたった。もう午前八時を過ぎている。こりゃ、今日は正力さんは来てないのかもしれないぞ、失敗だったかな、と思いかけたとたん、玄関があいて、家の中から女の人が新聞を取りに来た。私と神さんはビックリしている彼女を口説き、とにかく正力さんに会わしてくれと、押しの一手で、その女の人について中へ入った。

入るなり私も神さんも玄関に土下座した。スーツの汚れなどかまっちゃいられない。とにかく、ここで正力を逃がしたらオシマイだ、と、そればかりしか頭にない。

「お願いします。正力さんに会わせてください」

その女の人(その人が正力さんの愛人だったのだろう。美しい人だった)は困惑しきっている。

すると玄関での騒ぎを聞きつけたのだろう、正力さんが出て来たのである。まだ浴衣がけのままだった。

「バカモン!ここをどこだと思ってるんだ、キミたちは!」

だが、玄関に土下座し、床に頭をこすりつけているわれわれには、さすがの正力さんもアキレたらしい。しばらく黙っていた後で、正力さんはポツリとこう洩らした。

「用事があるなら、十二時に社に来い」

聞くところによると、正力さんの秘書氏はあとで厳しく叱貴されたそうだ。

「なぜ、ワシのあの家を、あんな奴につかまれたのか。徹底的に調べろ!」

約束どおり、その日十二時、私は読売新聞社の会長室で正力さんと会った。今度は土下座をする必要はなかった。

さすがに大正力である。十数分、私の話に熱心に耳を傾けたあとで、一言、「いいだろう」と言った。

速戦即決というのはああいうことを言うのだろう。私も決断の遅い方ではないが、あれほどみごとな決断の下しかたというのはめったに見たことがない。その鶴の一声で、『読売新聞』、『NTV』のクレイ戦バックアップが正式に決まっていたのである。

・・・・・・次号更新【『ボクシング協会』は札束で各個撃破】に続く

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