『諸君!』昭和57年(1982年)11月号:衝撃の新事実!三島由紀夫が絶賛した戦後の一大奇書『家畜人ヤプー』の覆面作家は東京高裁・倉田卓次判事

『諸君!』昭和57年(1982年)11月号より

ドイツからの手紙

私は早速、私の顧問弁護士に訊いてみた。

「倉田という判事をご存じですか」

「倉田卓次さんなら有名ですよ。『民事交通訴訟の課題』という本を書いていて、こいつは交通事故裁判のバイブルみたいなものですよ。あ、それからローゼンベルクというドイツ人の書いたものの翻訳で『証明責任論』というのも出している」

ドイツ語の原書を一晩で読み通した「沼正三」の顔がとっさに浮かんで消えた。と同時に、私の記憶の片隅には「ローゼンベルク」なる名前が引っかかっていた。

『ヤプー』には、ローゼンバーグなる架空の人物が登場する。彼は、二十三世紀すなわち今から二百年ほどのちの世界に『家畜人の起源』なる著作を発表し、”第二の進化論”の著者として称えられるのだが、

<『二十世紀の神話』を著わしたナチス戦犯哲学者アルフレッド・ローゼンベルクの血を引く大生物学者>

と説明されている。

『証明責任論』の著者ローゼンベルクと、あのユダヤ人虐殺の理論的根拠となった『二十世紀の神話』の著者ローゼンベルクとが同一人物かどうか、私は寡聞にして知らない。

また「ローゼンベルク」といっても、ありふれたドイツ名前だから、単なる偶然の一致かもしれないが、倉田氏と『ヤプー』を結びつける一つの証拠とみられなくもないだろう。

もう一つ、私には思い当たることがあった。沼氏と文通を続けているある期間、西ドイツから彼の葉書が二十通ほども届いたことがあるのだ。

内容が甚だ興味深いので、その中から第一信をご紹介しよう。

<突然お便りするわけですが、この筆蹟で誰のか分りますか?昨年春から渡欧し、ボン、ハンブルク、ミュンヘンと大学を移って来ました。文部留学は費用80万円の制限だけで期間は自由なのですが、Mバーで絞られたりしてなくなった矢先、別途の手蔓で唯の下宿を見つけ、おかげでことし一杯はまだこちらにいることができます。唯といっても、週に一遍他の下宿人の部屋を掃除し、毎
朝皆の靴をみがくサービスが代償で、人手不足のこの国では喜んで一室提供してくれました。おかげでこちらはMの方も満足できて大助かりというところです。あこがれの白人の国に来たことですから、存分のその方は経験して>

文中の二箇所にある「M」が「マゾ」を意味することはいうまでもない。

ドイツの絵葉書にしたためられたこの文章が途中で終わっているのは「以下次号」なのである。約二十通の便りのすべてがこの調子で、突然文章が途切れて次の便りにつながる、というのが彼のやり方であった。

ここで、その後の調べで判明した彼の履歴を記しておこう。

倉田卓次

大正十一年一月二十日生 本籍地三重県

昭和二十三年 東京大学法学部法律学科卒業

同二十三年 高等文官試験法科合格

同二十六年 東京地方裁判所判事補

同二十九年 長野地方裁判所飯田支部判事補

同三十二年 東京地方裁判所判事補

同三十五年 最高裁判所調査官

同三十七年 国際連合技術援助研究員として渡欧

同三十八年 札幌高等裁判所判事

同四十一年 東京地方裁判所判事

同五十二年 佐賀地方裁判所長

同五十七年 東京高等裁判所判事

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