家畜人ヤプー【ポーリンの巻】より

畜権神授説・沼正三『家畜人ヤプー』と日本神話の脱構築:巽孝之・・・その3

たとえば、一九七〇年の初版出版の時点で、石川喬司氏は『家畜人ヤプー』の圧倒的な衝撃について、こう述べている。「SFのベストテン選びをするたびに『もっとスゴイのを忘れちゃいませんか』と言われ続けてきた『幻の名作』・・・・・・SFとブラック・ユーモアの傑作として高く評価できる。かつてこれほどグロテスクかつ魅惑的に未来社会を描いてみせたSFがあったろうか」(『SFの時代』、三三七~三二八頁)。

また奥野健男氏は初版本の解説のほか、自由國民社の『世界のSF文学総解説』初版『家畜人ヤプー』の項で、こんなふうに評している。「SF小説の枠組の中に作者の真の狙いを封じ込めて、自在に語ったメッセージであるとすら考えられるとめどもない逸脱と放埒、人性の不可解な倒錯を万華鏡のごとく散りばめて、作者の内奥に、燠火となってくすぶる反リアリズム、反ユートピアの思念と思いのたけを吐露し制作した・・・・・・奇書『怪作』にふさわしい作品」一二〇頁)。

『家畜人ヤプー』というテクストはすでにマイナー文学史の深淵に埋没したかに見えた。ところが、あにはからんや、あたかも一九八〇年代ジャパン・バッシングを反映したかのような『ヴァインランド』が発表された折も折、沼正三のほうもまた、八〇年代的イデオロギーを十二分に刷り込んだ『家畜人ヤプー』完結編執筆にいそしんでいたのである。

かくして『家畜人ヤプー』を再読し終えたわたしは、間髪入れずに『家畜人ヤプー」完結編と対峙することになった。

・・・畜権神授説・沼正三『家畜人ヤプー』と日本神話の脱構築:巽孝之 より・・・続く

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ところで、沼正三の正体だが---もちろん、私は沼正三の本名を知っている。当初、私自身も天野氏が沼正三とイコールではないのかと感じたということは前に書いた。しかし、そうではないのである。たしかに、『ヤプー』の一部は沼正三の許可を得て天野氏が書いたから天野氏が沼正三であると言っても完全にまちがいというわけではないが、沼正三はもうひとりいる。

沼正三の正体

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