日本神話を脱構築する:畜権神授説・沼正三『家畜人ヤプー』と日本神話の脱構築:巽孝之・・・その22
ここでキリスト教的存在論からする悲愴感がいっそう強まってくるのは、オーバーロードのすがたかたちが、やがて太古から言い伝えられるユダヤ---キリスト教的「悪魔」そっくりであることが明かされるためである。オーバーロード飛来から五◯年、連中がとうとう宇宙船外にそのすがたを見せたときのショックは、以下のように描写されている。「疑う余地はなかった。皮に似た強靭な翼、短い角、さかとげのある尻尾---すべてがそこにあった。ありとあらゆる伝説に巣喰うもっとも恐ろしい存在が---知られざる過去の暗闇から、こうして現実の姿となって現われたのだ。しかもなお、それはいま微笑みながら、明るい日光のもとにその巨体をぬめぬめとひからせ、双の腕に信頼しきった人間の子供を載せて、黒檀さながらの威厳をもってそこに立っているのであった」(同、一◯四頁、傍点引用者)。
オーバーロードが悲劇的なのは、すでにそのような形状の次元からして、キリスト教的歴史観におけるネガティヴな条件を担わされているからである。だが、『幼年期の終り』というテクストにおいて決定的なのは、べつだんオーバーロードがたまたま悪魔に類似していたということではなくて、むしろ人類の「歴史の終わり」にたまたま居合わせるオーバーロードの形状という「未来の記憶」を、彼らがあらかじめ人類の集合的無意識に植え込んでおいたという論理循環である。わたしたちがこれまで「悪魔」と思い込んできたイメージは、当初から人類進化の産婆が人類の種族的記憶の中にインプリントしておいた自画像だったというわけだ。悪魔の記憶をもつ種族のところヘオーバーロードが偶然到来するのではなく、もともと歴史終末時に出現するオーバーロード自身の姿をモデルに悪魔の呼び起こす恐怖が人類神話の根底を支えてきたこと。かくして神話と歴史の弁証法における原因と結果の因果律は、巧みに脱構築される。
・・・畜権神授説・沼正三『家畜人ヤプー』と日本神話の脱構築:巽孝之 より・・・続く
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