沼正三のプロペラ航空機:劇的な人生こそ真実(萩原朔美:著)

劇的な人生こそ真実―私が逢った昭和の異才たち

沼正三のプロペラ航空機・・・17

私は彼が、天野さんと沼さんという、2つの人物に引き裂かれた日常生活をどう折り合っているのか知りたかった。相手の女性に決まった人がいるのかとか、女性と付き合って相手が同好の者と分るのかどうか、そういうことを聞きたかった。結婚を決める時に、相手と自分の性に対する考えを考慮することなどまったく無い凡庸さからすると、沼さんの日常は困難の連続ではないだろうかと思えた。

しかしプライベートは若造から切り出しにくい話題である。その時は結局言い出せなかった。

そのうち沼さんが、何枚かの古い絵葉書を取り出して見せてくれた。写真とリアルイラストの合成である。どこかの、多分アメリカの地方都市の観光用として売られていたものではないか。絵柄は、飛行場にたくさんの古いプロペラ機が同じ方向を向いて待機していて、そこに赤いハイヒールを履いた女性のすらりとした長い脚がガリバーのようにそそり立っているものだ。片足だけのもの。両足のもの。デザインが少し変化したハイヒールのバリエーションなどがある。

全部、絵柄としては、空港の航空機群と巨人女性の脚の組み合わせなのだ。

沼さんは子供のように嬉しそうに笑って、

「萩原さん分る?」

と言う。

さっぱり分らない。沼さんは、いいでしょう?という感じなのだ。私は分らないとは言えないので答えを探した。飛行機が男で女王様が上空から睥睨している。そんな通俗しか浮かんでこない。

隣の松田暎子も首をかしげて笑っている。

私が、

「うーんちょっと」

と言うと、

「分らないかなあ」

と言ってニヤッとする。

後は、

「どこがいいんですか」

と訊いても、

「分らないかなあ」

が続く。

教えてくれないのだ。ゲラの束を出して引っ込めた時と同じリアクションである。

・・・次号更新【沼正三のプロペラ航空機:劇的な人生こそ真実(萩原朔美:著)より】に続く

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