原理としてのマゾヒズム<家畜人ヤプー>の考察:安東泉・・・『血と薔薇 』1969年 No.4より

天下に、”奇書”と称ばるるものの数は少なくはなかろうが、ここに紹介する『家畜人ヤプー』ほどの奇書は、おそらく二つとはないように思われる:「家畜人ヤプーの考察」

SMと右翼の襲撃:2

そしてもうひとつ話題になったのが、右翼の襲撃事件だ。『家畜人ヤプー』は複雑な人種問題にも触れているが、天皇制という問題にも深く触れている。民族主義者にとっては非常に刺激的な描写が数多く出てくるのだ。実は、私はこの問題で右翼が攻撃してくるのは容易に想像していた。だから、先手を打ってわざと仕込んで話題を盛りあげてやろう、と狙っていたのだ。ところが私が仕掛ける前にいち早く、本物の右翼が事務所に飛びこんできた。事務所に電話で「『家畜人ヤプー』は天皇をはじめとして日本民族を馬鹿にしている。すぐに出版をやめないとひどい目にあうぞ!」と脅しを入れてきた。その直後に三人組の右翼の連中が押しかけていきなり机に短刀を突き立てて「どうなんだ!イエスかノーか!一週間以内に返事をしろ!」とすごんだのだ。事務所の連中は青ざめた顔でふるえている。しかしいくつもの修羅場をくぐりぬけている私にはそんな脅しは通用しない。「一週間後に必ず返答するので、ともかく今日はお帰りください」と丁重にお引き取りを願った。

そして、案の定一週間後に彼らは再びやってきた。しかし私は代々木署に通報して刑事を隣の部屋に張りこませておいた。そして脅しをかけた右翼はその場であっさりと捕まってしまったのだ。当然、その後お礼参りが来て事務所をめちゃくちゃにしたが、私は驚かなかった。それも予想していたからだ。内心「これは渡りに船だ」とほくそえんでいたのだ。彼らの目的は売名やお金だ。実際に殺されることなどないと、充分察していたから心配はしなかったのだ。結局、検事から電話がありなぜか示談になって示談金一〇万円で決着をつけたが、この事件を私は朝日新聞やNHKなどマスコミにどんどん流して逆におおいに宣伝効果に利用した。ことが公になってマスコミが書くと右翼もそれ以上のいやがらせはやりにくくなる。「右翼をこれほど怒らせる奇書、『家畜人ヤプー』とは何だ」と、本がばんばん売れたのだ。示談金をもらって宣伝にも利用させてもらって、まさに右翼サマサマというわけだ。

私も全権プロデューサーとして沼正三氏からすべてをまかされて今日にいたっている。長年の時を経ても古臭さを感じさせない作品こそ、まさに時代を超えた永遠の古典的名作といえるだろう。このような作品が今後出現することはまず考えられない。

・・・SMと右翼の襲撃(虚人魁人 康芳夫 国際暗黒プロデューサーの自伝/康芳夫(著)より抜粋):了