虚人魁人 康芳夫 国際暗黒プロデューサーの自伝/康芳夫(著)より

虚人魁人 康芳夫 国際暗黒プロデューサーの自伝/康芳夫(著)より

コミッションかせぎ(2)

私は、この学生新聞の独占的利権に対し異議を唱えた。一部の独占は許されない、と卒業生名簿委員会という上部団体をでっちあげ、そこに売上の一部を献上させた。具体的には一ページ五万円の広告料に対して三〇パーセント、つまり一万五〇〇〇円ほどを献上させたのだ。これが年間一〇〇万円ほどの収入になる。その三割ほどを私はコミッションとしていただいた。

サラリーマンの初任給が一万数千円の時代。いまの物価に換算すると、五~六〇〇万円にはなるだろう。「独占は許されない」など詭弁もいいところだ。少し頭を使って利権を巻きあげただけのことである。

・・・次号更新【『虚人魁人 康芳夫 国際暗黒プロデューサーの自伝』 official HP ヴァージョン】に続く

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証言で綴る日本のジャズ3 康 芳夫 第3話「「五月祭」でジャズ・フェスティヴァルをプロモート」:小川隆夫(ARBANより抜粋)

東京大学に入って三年の(60年)「五月祭」で企画委員長をやることになって、そのときに久保田二郎君、俗称クボサンを司会に使って、モダン・ジャズのフェスティヴァルを東大で初めて開いたんです。高校時代から新宿のジャズ喫茶に入り浸っていたけれど、あれが本格的な関わりの最初です。あのときは三保敬太郎(p)君とか宮沢昭(ts)さんとかを呼んで。

証言で綴る日本のジャズ3 康 芳夫 第3話「「五月祭」でジャズ・フェスティヴァルをプロモート」:小川隆夫(ARBANより抜粋)

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