虚人魁人 康芳夫 国際暗黒プロデューサーの自伝/康芳夫(著)より
総長をバットで殴った!?(2)
パンフレットに印刷された各国大使は、インド大使、アフリカ新興国ガーナ大使、そして数年前にゲバラとカストロの革命で成立した、かの「キューバ大使」。この最後のキューバという文字を見たとたん、総長は眉間に皺を寄せてこう言った。
「キューバ大使を呼ぶというのはきいていない。キューバはだめだ。キューバは困るよ」。
一九六二年にキューバ危機が起こるが、まさに当時はその直前。歴代総長の中でも保守派に属する茅総長が、アメリカ企業との摩擦でソ連に急接近しまさにアメリカと国交を断絶せんとするキューバ共和国の大使を許可するわけがなかった。もちろんそれも私のシナリオには入っていた。
総長室で私と総長は押し問答になったが、私は一歩も引かない。「インドなど、といったはず。そもそも、インドが良くてなぜキューバがだめなのか。もうすでに両国大使に要請して許可は取ってある。明確な理由を示せないと国際問題になる」と、逆に両手を机にしっかり乗せて厳しく迫ったのだ。私の迫力にたじろぐ総長だったが、頑として許可しない。「とにかくやめてほしい」と、繰りかえすばかりだった。
・・・次号更新【『虚人魁人 康芳夫 国際暗黒プロデューサーの自伝』 official HP ヴァージョン】に続く
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#東大 五月祭 小生が五月祭委員長をした時代を 東京大学新聞 がインタビューhttps://t.co/1Ru35dPqL2 #康芳夫 pic.twitter.com/qaO2rqlMcN
— 康芳夫(国際暗黒プロデューサー) (@kyojinkouyoshio) July 13, 2018
東大 五月祭 小生が五月祭委員長をした時代を 東京大学新聞 がインタビュー
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証言で綴る日本のジャズ3 康 芳夫 第3話「「五月祭」でジャズ・フェスティヴァルをプロモート」:小川隆夫(ARBANより抜粋)
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