「家畜人ヤプー完結版(ミリオン出版)」より---沼正三・・・4
そういう夢を見る作者としては、正編(=前編)が出たまま---松岡正剛氏は年表『情報の歴史』で、本書正編の刊行を一九七◯年の一事件として項目を立ててくれたが---未完という状態は、甘美な夢を途中で喚び覚まされたも同然だった。「未完であることによって文学的名作になりえた」と好意的に評してくれた人(八二年一〇月九日『朝日』夕刊『超』)を裏切るようだが、本人にとっては続編の執筆は二十年越しの課題だった。
正編が角川文庫入りをした頃から、続きを書き幽したのだが、事情があって中絶した。沼正三の本人探しということで、知人ではあるが、本書には全く関係のないK氏に累が及んだからである。ペンネームの本人探しに血道を上げるというのは、ジャーナリズムの衰弱を示す現象だと思うが、とにかくK氏に迷惑を掛けるのは本意でなく、刊行のあてがなくなった以上、筆を投ぜざるを得なかった。
しかし、歳月は誤解を解く妙薬である。大冊の『現代人名情報事典』(平凡社、一九八七年)も、沼正三をK氏とは無関係な名前と同定してくれた。もうた丈夫らしいと思った頃、ミリオン出版から話があったので、筆硯を新たにして書き始め、雑誌連載することになったが、一度執筆を中断すると、もとの---横文字語を意識的に漢字熟語にしてカタカナ・ルビを多用するいささか衒学的(ペダンチック)な---文体を取り返すのに結構時間がかかるものだということを痛感させられた。まあどうやら書き上げてほっとしている。
・・・次号更新【「家畜人ヤプー完結版(ミリオン出版)」より---沼正三】に続く
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