都市出版社版『家畜人ヤプー』(1970年発行)

書物は読者に選ばれるものであるが、読者もまた書物に選ばれている:家畜人ヤプー普及版(都市出版社)より・・・8

作者が自作の解説をするのは、女形が楽屋で毛脛を現わすようなもの、止めるに如かず、と言ったのは鏡花だったろうか。私も少し裾をまくり上げ過ぎたようだからこの位にしておくが、それにしても、初版本刊行後の成り行きは意表に出るものがあった。

書物は読者に選ばれるものであるが、読者もまた書物に選ばれている。この小説は元来厳しく読者を選んだ・・・・・・というより、前記のように、初めからごく少数の、イース世界を逆ユートピアでなく真ユートピアと観ずるような同好者のために書かれたものである。それが、刷を重ねて万を超える読者に選ばれたという、その事実に、正直のところ、私は当惑している。著者不明という私生児的素性に対する興味や、私としては不本意だったヤプー・ショウの催しの週刊誌的宣伝効果が、何ほどか部数を伸ばしたことは間違いあるまいが、それだけでは説明できない。明らかに、世情と人心とがグロテスクを許容し、むしろ喜ぶ方向へと変ったのだ。

しかし、その理由でこの書を購った人達を本当の読者と考えていいのだろうか。猟奇への傾斜は、一時的な風俗現象に過ぎず、万を超えた冊数も、明日は覆醤の反故となり果てるのではないか。ただ、本来予定された、選ばれた少数の読者だけが、二度読んでくれるのではないか。

率直に言って、私にはその位にしか思えないのであり、またそれで十分満足なのだが、部数の問題以上に私を驚かせたのは、幾つかの新聞・雑誌が真面目な批評の対象として本書を取り上げたことであった。

・・・次号更新に続く