都市出版社版『家畜人ヤプー』(1970年発行)

逆ユートピアの栄光と悲惨・・・6

未来文明における生体科学の恐るべき発達は、生物の形態や器管の変形・修正を自在にした。多種多様な用途目的に応じて畸形化を蒙ったヤプーたちが、どんな屈従と汚辱の中に棲息しているかーーーたとえば、「舌人形(カニリンガ)」と称する職掌にあるヤプーは、その名の示すとおり、畸形的に長大化された舌をもって白人女性のセクスに奉仕し、もって彼女たちの無聊を慰めるための、生ける人形である。かれらは、白人女性の肌ざわりを損わないために、脱毛され、鼻や耳などの不要の凸起を削りとられ、視力を奪われ、なお又奉仕時に湧き出る「JUICE(おつゆ)」をこぼさぬようにとの配慮から、唇にスポンジ質の人工皮膚癌(アーティフィシャル・カンクロイド)を植皮されている。

「肉便器(セッチン)」と称する職掌にあっては、文字どおり生ける便器として白人の糞尿を嚥下し、排泄物を舐め拭うヤプーたちがいる。(白人のものをそのまま頂戴することは許されない。嚥下した内容物は黒人用食糧として、後刻回収される!)さらにヤプーのあるものは、生体糊によって数人(数匹)が貼り合わされ、白人のための生ける浴槽を形造っている。またあるものは、矮小化されて、金魚鉢に泳ぐ愛玩動物となり、引出しにしまえるミニチュア楽団の楽師となり、はてはパンティの下へもぐりこんで、生理時の清浄作業にまでたずさわっている、と、そのごく一部をあげれば、かれらの置かれた境遇のいかなるものであるかは、おおよそ想像がつくであろう。

余りの奇想天外ぶりに面くらっておいでのむきもあろうと思うが、この小説の特色は、それらの奇想が単なる現象として描写されるだけでなく、時に執拗と思われるまでに、合理的・科学的(?)に説明しつくされる、その論理的調子にある。いま、その例証として、あらゆる生物にとって不可避な、栄養摂取、消化吸収、排泄という一連の生理作用に根本的改良を加えるところの、テラ・ノヴァ腸虫(ヘルミンス)を説明した箇所を引用してみよう。これあるが故に、ヤプーは排泄ということを知らない。

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彼らの腸内には一匹ずつ長大な有鉤回虫(アスカリス)が住んでおり、胃と腸の境にある幽門に首を突っ込み、鈎でで固着し、尾部が肛門に達するまで条虫(さなだむし)のように腸内を延々と走っていた。食事時になるとその尾部が肛門から突き出して栄養液中に差し込まれ、尾部末端の開孔部から液を吸い上げて、中空の、袋のような体内を一杯に満たすのである。そして幽門の直下にある細裂孔から徐々にこの栄養液を噴き出して腸壁をうるおし、寄生主に摂餌の労を省かせると共に、吸収しやすい形でその腸に滋養分を与えるのである。しかし、回虫自体の栄養はその液から取られるのではない。液が腸内を下りつつ養分を失って廃液と化し、排泄される一歩手前という段階に達すると、回虫の下半身がそれを吸収して自家の栄養とする。その栄養摂取能力はまことに素晴らしいもので、どんな不消化分でも最後の一分子まで同化吸収し、なんら不要の廃物を余さず、ただ尾部の体節がわずかに硬化(スクレローズ)するのが新陳代謝の行なわれた徴になるだけで、排泄ということをしない・・・・・・

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・・・次号更新【逆ユートピアの栄光と悲惨:家畜人ヤプー解説(前田宗男)より】に続く

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