『家畜人ヤプー』秘話-沼正三氏の死に際し:康芳夫(談話)・・・7【新潮(2009年2月より)】
あの当時から会員制のSMクラブというものはありました。営利を目的とせず、本当の同好者、弁護士、医者や大学教授などが超高級マンションに集まってね。僕も呼ばれたことがあつたけど、まあとんでもない光景ですよ。そこに来ていた人の名前を言っちゃうと、週刊新潮の記事が五週間くらい埋まっちゃう(笑)。だから、沼正三の協力者の名前を出せないというのは、彼らの社会的地位が高いからなんだね。
沼さんが大戦中の中国大陸で戦時捕虜を見聞したことが 『家畜人ヤプー』を形作ったという見方もあるけれど、それは一要素に過ぎないと思います。彼のマゾヒストとしての性癖は戦時体験にだけ還元できるものではない。彼の日本民族についての思想と極私的な性的マゾヒズムが複雑に絡み合ったということじゃないかな。彼は天皇制を頂点とする日本社会に根本的な疑いがあって、非常にラジカルなことを考えていました。それにもかかわらず、あの三島が『家畜人ヤプー』をあそこまで熱狂的に褒めたというのが、 僕には今ひとつわからないんです。三島にM的な性癖があって、そこが彼を深く揺さぶったのか。三島が中井英夫の『虚無への供物』に反応したのはよくわかるんだけどね。
そういえば、中井さんに「『家畜人ヤプー』と『虚無への供物』はずいぶん違うんじゃない?」って訊いたら、彼は苦笑いしてたけど。
・・・次号更新に続く