週刊SPA!2000年6月7日号掲載記事『家畜人ヤプー』

◆週刊SPA!2000年6月7日号掲載記事より
『罰あたりパラダイス』文:福田和也(text by Kazuya Fukuda)

※Kazuya Fukuda
文芸評論家。’60年東京生まれ。10代の頃、米国西海岸のパンクバンド、デッドケネディーズと交流し渡米、ツアーに参加。その後、フランスへ留学。『日本の家郷』で三島由紀夫賞、『甘美な生活』で平林たい子賞を受賞。第2次大戦下のフランスの親ナチ文学者からハーポ・スリム、保田興重郎から貴腐ワインまで縦横無尽の語り部。近著に『日本人の目玉』『喧嘩の火だね』そして『罰あたりパラダイス(!)』。現在、慶応大学助教授

屈託のない女の子たちが演じた昭和の大問題作『家畜人ヤプー』の出来ばえ

過激な方法論で近代日本が抱え込んできた西欧にたいするコンプレックスを凝縮してみせた問題作『家畜人ヤプー』。その初の舞台化が委ねられたのは十代二十代の女優を中心とした月蝕歌劇団だ。脚本家の高取英氏、全権プロデューサーの康芳夫氏たちとその背景を語り合った。

舞台中央に観音開きにしつらえられた扉から、着流し姿に鼻から上唇にかけてを青く塗った大久保鷹(スサノオ役)がウガイをしながら登場してきた。十代後半から二十代の女性たちが踊り、歌う「歌劇」の中に現れた、着流し姿で昭和アングラのエッセンスをすベて凝縮したような肉体の存在感は何とも形容のしようのないものだった。

『家畜人ヤプー』の月蝕歌劇団による初の舞台化である。三島由紀夫が絶賛し、ペリー来航以来日本人が培ってきた西欧にたいするコンプレックスの深層を大狙かつ本質的に捉えた『家畜人ヤプー』は、その初出にさいしての、右翼による襲撃も含めて康芳夫さんが文字通り体を張って守り育ててきた作品である。「寺山君なんかにも芝居にさせてくれ、と頼まれていたんだけどね、断った。」という康さんが今回、高取英さんと月蝕歌劇団に『ヤプー』を委ねた真意は何なのか。

「オレたちの場合、戦争とかさ、アメリカとかさ、そういう体験があって、ヤプーを捉えてる訳じゃない。でも、ここの若い子たちなんて、そんな事まったく関係なしに、ロウソクたらしたり、マッチすったりしてるんだよな、それが本当にわからないよ。」と、客演している大久保鷹さんが打ち上げの席で云った。

たしかに、最早若い世代に、白人にたいする屈託などないのかも知れない。ガングロにパツキンなどという相貌が若い世代に流行するのは、肌の色だの人種だのといったものが、アドホックにとりかえられる衣装のようなものにすぎないからだ。人種的な身体にかかわる差異の屈託をもっとも真摯に煮詰めたともいえるこの作品を、かくも屈託ない世代の女の子に委ねていいのか。

その点について、高取脚本はかなり意識的であると思われた。原作にはないシークエンスとして、関東軍の中国人、ロシア人にたいする迫害をつけ加えることで、日本人の優位感を補助線として引いている。この操作によって原作の持っていた垂直的的な価値観が相対化されたのは事実だが、同時に演劇的なドラマトゥルギーもそこから生まれている。長大な原作のプロットをわずかニ時間におさめた手腕とともに評価されてしかるべきだろう。

「これは、ニューヨークに持って行こうと思うんですよ。」と康さんが云う。たしかに今の日本よりもアメリカの方が刺激的だし、康さんが喜ぶような事件も起りそうだ。

「そういえば、デビット・リンチに撮らせるっていう話もあったじゃないですか。」

「ああ、リンチ君ね。彼も撮りたがってるんだけどねえ、用りがビビっちゃってるから。」

康さんの行くところ、つねに大仰な騒動がつきものである。

「でも、何ですかね、オレは大久保さんがイタイタしかったですけどね。」と旧担当イキが云った。

「そうかい、オレは大久保さんが出てきたところが一番面白かったけどね。」

「おりゃあ、中学生の頃から、唐の舞台はほとんど見てる男なんですよ。大先生みたく、チョコーッとアングラかじったのとは訳が違うんですよ。アングラの精神が濃くしみついた、大久保鷹のあの身体が、今の陰影のない女の子たちが歌ったり踊ったりしている間にあるっていう状況が情けなくて、 痛々しくて仕方がないんですよ。」

たしかに、月蝕歌劇団は、若い女優が多い。それも、別に特殊な傾向のない、今時の女の子たちばかりだ。失礼ながら、きわめて高名とは言い兼ねる、アングラ臭も芬々とする、この劇団になぜ彼女たちは大挙して入団しているのか。

「高取さん、どうやって劇団員を募集しているんですか。やっぱりどっかいいポイントで、網を張ったりしているんですか。」

「いや、そういうことは、まったくしていないんだよ。みんな自分から劇団を訪ねてくるんですよ。」

「要するに、舞台を見て、ということですか。」

「そういうことだね。」

たしかに歌や踊り好きで、そしてある種の文学的な傾きをもった女の子たちが、月蝕の舞台に夢中になるのは、解る。でも・・・・・・

やっぱりねえ、アングラなんだから、相応の覚悟がいる気がするんだけど、そうでもないのかなぁ。

そういえば、ウチの学生たちも、割りと気軽に舞踏の合宿なんかに行くけれども・・・・・・こっちの頭が化石なんだろうか。

打ち上げには客演した望月六郎さんをはじめとして、石丸元章、李讃輝、可能涼介、中森明夫らの諸氏が顔をそろえて、さすがに康さんという贅沢さ、猥雑さである。

打ち上げには後から、女優陣も参加して、イキも新担当ワタチョウも、大回転のご満悦である。

「イヤッハッハ、いい劇団ですねえ。こんなキレイな方たちにお酌までしていただいて、もうオレは云うことないっす。」

「何考えてんだ、さっきまで厳しい事を云ってたクセに。」

「そうじゃなくてですよ、こういうのがオレたちの時代の軽演劇だと思えばいいじゃないですか。」

「でも、何となく女子体育会って感じもしますね。」と甲斐甲斐しく働く若い女優たちを見て、ワタチョウが云う。

「ていうより、女子プロレスの匂いもするよなあ、JWPの、若手の試合のような。」

昭和歌謡、宝塚、レビュー、アングラ芝居、アニメーション、女子プロレス、SMショ―・・・・・・あリとあらゆる演芸と興行を包含してしまう月蝕の舞台には、日本近代の屈託を総決算した『家畜人ヤプー』が似合うのか。

「大久保さん、山本直樹っていうマンガ家知っていますか。」

「いや、知らないな。」

「山本さんは大久保さんの信奉者で、『ありがとう』っていう名作あるんですけど、その作品の主人公が大久保さん、というか大久保さんの顔なんですよ。」

「そうなの、知らなかったなあ。」

という、その応答は、やはりまさしく六十年代後半から七十年代を生ききったアングラ芝居の役者のものだった。

END

『家畜人ヤプー』2015年10月末に再演の、月蝕歌劇団代表 高取 英が構成を担当)
田名網敬一「家畜人ヤプー」45年ぶりに『家畜人ヤプー倶楽部』復活
※2015年8月8日(土)開催『家畜人ヤプー倶楽部』
詳細 http://peatix.com/event/101342