都市出版社版『家畜人ヤプー』(1970年発行)

内心の飢渇を医すため、私は、イース世界を構想し、夜ごと訪れるようになった:家畜人ヤプー普及版(都市出版社)より・・・4

内心の飢渇を医すため、私は、イース世界を構想し、夜ごと訪れるようになった。其処では日本人が白人に隷属しているのであり、その隷属は完全な家畜化の段階まで制度化されているのであった。権力はもちろん女性が握っていなければならない。・・・・・・だが、構図・素描・彩色と部分に至るまで細密画として仕上げるためには、一つ一つの表象をその都度文字で定着してゆく必要があった。

こうして、私は、生れて初めて、小説を書いてみる気になった。もっとも、もし『奇譚クラブ』という発表の場所が予定できなかったとしたら、本当に筆を握ったかどうかは疑問である。その意味では、この作品誕生の功の一半はこの雑誌の編集者に帰せらるべきもので、ここで十分に謝意を表したい。それと共に、当時文通があり、私の構想を知り、ベルリオーズの『ファウストの劫罰』に比して執筆を激励されつつ、ある白人ドミナと私との文通を仲介することで、宿構の文思に天籟(インスビレイション)の羽翼を与えるのを手伝って下さった谷貫太氏の好意をも、なつかしく想起する(この小説の登場人物のうち幾人かの命名が彼女に由来することを言えば、氏はこの文章が沼正三本人の手に成ることを納得されるであろう。それは二人だけの秘密であったから)。

日常の現実と全く乖離するユートピア(私には逆ユートピアではないのだ)の叙述には、架空旅行記の形式しかないことは、『ガリヴァの旅』や『アリーヌとヴァルクール』から学んだことであるが、誌上では二十回に分って連載された本書の諸章は、元来の腹稿の約四分の一に過ぎず、かつて脳裡に歴然印象されていたイース宇宙帝国の全貌からは、量的にも遠いものであることをお断わりしておかねばならない。法律・裁判、経済・貨幣・税制、軍隊・警察、教育・医療・教会、演劇・スポーツ・・・・・・イース世界百般の社会事象に関し、述べるべくして述べてないことは多いのである。

・・・次号更新に続く