虚業家宣言:康芳夫

虚業家宣言
康芳夫 クレイをKOした毛沢東商法

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◆私もブラック・モスレムに入信した

私だって、クレイ側がニつ返事でOKしてくるなどと考えていたわけではない。断わりの返事に私の闘志は奮い立った。難しければ難しいほどやり甲斐があるというものだ。

それから半年、私はあらゆる手段を使ってハーバート・モハメドをロ説くのに全力を尽くした。電話、電報、手紙、利用できる手段はすべて利用した。クレイの気を惹きそうなことは何でも書いた。

《日本女性のスバラシさをあなたは、ご存知だろうか。もし来日すれば、日本女性があなたを歓待し、あらゆる手段であなたを慰めてくれるであろう。試合がイヤなら、観光だけでもいいから日本に来てほしい。日本にはあなたの相手になりたいという女性がワンサといる---》

《私もここ十数年来のモスレム信者で、毎週金曜日の礼拝は欠かしたことがない。偶然のこととはいえ、同じモスレム信者の私が、もし、あなたの試合のプロモートをすることができれば、アラーの神もさぞお喜びになるであろう---》

相手がホラ吹きクレイなら、こっちも日本ではホラ吹きと言われている康芳夫だ、どっちのホラが勝つか見ていろ、という気で、あることないこと、クレイの喜びそうなことは何でも書き送った。

イスラム教徒になりすまして、クレイを喜ばせるために、私は実際に、代々木にあるイスラム教会に通いさえしたものだ。そこの牧師はテレビ・タレントのロイ・ジェームスの父親である。祈りの文句から、お辞儀のしかたまで実にに懇切丁寧に教えてくれた。

ハダシになって大会堂で多くのイスラム教徒たちにまじって、尻を高くあげて祈っていると、ほんとうにイスラム教徒になったような気さえした。アラーの神もさぞビックリしたことだろう。

半年目に、ハーバート・モハメドから、やっと朗報がもたらされた。

「とにかく、アリを連れて、日本へ行くだけは行ってみる」

試合のことなんか一行も触れていなかったが、私は、勝った、と思った。

「ついにクレイを口説き落としたぞ!」

その夜、さすがの私も興奮してなかなか眠りにつけなかった。

さて、クレイが来ると言った以上、第一にやらねばならないことは航空券を送ることである。ここでモタモタしていたら、また、どんな事情でクレイの気が変わるか知れたもんじゃない。

しかし、その頃、『アート・ライフ』の資金は完全に底を尽いていた。もともとさして潤沢でもない資金でスタートしたのに、私が、やれ、国際電報だ、国際電話だと派手に使っていたからそれも当然の話だろう。

シカゴ~東京間四十五万円の航空券を三枚、この百三十五万円がどうあがいてもできない。借りられるところはだいたい借り尽くしているし、一銭も返していないのだから、もう一度というわけにもいかないではないか。せっかく、ここまでクレイを追い込んでおきながら、やはり、あきらめる以外ないのか。私も神さんも事務所でタメ息ばかりついていた。

しかし、窮すれば通ず、とはよく言ったものである。

私はうまい手を思いついた。航空券は別に金を出して買わなくてもいい。航空会社に出させればいいではないか。私はすぐにノースウエスト航空東京支社に乗り込んだ。むろん誰の紹介状もない。まったくの飛び込みであった。

「あのクレイが日本へ来る。おたくの宣伝にもなることだし、切符を出してほしい」

「それなら、クレイが必ず来るという証拠を見せろ」

支社長はそう言う。言われてみれば当然の話だ。

私は、すぐハーバートに連絡をとり、APに、「日本へ行く」というステートメントを発表してほしいと頼んだ。ところが、そんな、なんでもないと思われることにハーバートは怒り出し、それを説得するのに三週間もかかってしまった。

一月十五日、シカゴ発のAP電がこう伝えた。

《本日、モハメド・アリのマネージャー・ハーバート・モハメドは、アリの東京での試合について、近く、東京に交渉に行く用意があると発表した。詳細についてハーバートは語るのを避けた》

これで、シカゴ~東京間のファースト・クラス三枚、ハーバート、クレイ、それに宇宙中継会社スポーツ・アクション社長・マイク・メリッツのための航空券を入手することができたのである。

その日、東京は何年ぶりという大雪だった。神さんも私とは別に、ある女性のところへ金を作りに行っていた。赤坂の料亭の女将で、当時、某大物代議士の愛人と言われていた、その女性と、むかし、神さんは親しくしており、その女性が神さんとしてはもう最後の頼みだったのだ。

夕方、大雪の中を神さんはコーポ赤坂ハイツニ◯三号室にあった『アート・ライフ』の事務所に帰ってきた。この大雪の中を車にも乗らず、ショボショボと歩いて帰ってきた神さんを見て、こいつはダメだったな、と私は悟っていた。

「オイ、やっぱりできなかったよ」

さすがにガックリ気落ちした表情で、そう告げる神さんの目の前に、私は三枚の切符を差し出していた---。

神さんのキツネにつままれたような表情を見ながら、私は身内にフツフツと闘志が溢れてくるのを感じていた。

「これで、やっと虚から実への第一段階は突破した。いよいよこれからが難関だぞ」

・・・・・・次号更新【勝つこと---それがすべてだ】に続く

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