都市出版社版『家畜人ヤプー』(1970年発行)

「家畜人ヤプー完結版(ミリオン出版)」より---沼正三・・・1

遠夜に光る松の葉に

懺悔の涙したたりて

遠夜の空にしも白ろき

天下の松に首をかけ。

天下の松を恋ふるより

祈れるさまに吊されぬ。(萩原朔太郎『天上縊死』)

人種差別(レイシズム)は、米国という巨竜(きょうりゅう)の<逆麟>である。中曽根元首相のエスニック軽視発言や梶山法相の黒白方言が米国世論を憤激させたことは記憶に新しいが、AFRO(アフリカ系米国人)だけでなくWASPまでがいきり立つのは、WASPの体内を流れる人種偏見の血---植民地を搾取した英国人の血、黒奴を使役した父祖の血---が人種平等の建前と矛盾するためだ。私はそう断言できる。敗戦後の一時期、英国女性(彼女が私に語った夢想譚の舞台は、日本人を奴隷以下の人権皆無の非人階級に貶めて酷使する白人の楽園であった。本書のイース帝国は、その意味では彼女の構想の剽窃である)と交渉を持って、アングロサクソン特有の人種差別感覚に痛めつけられた体験があるからだ。私は、いっそその積極的是認によって地獄を極楽と化してみようと、タテマエが彼女のホンネを裏切らない<差別の帝国>を夢想した。日本の戦争犯罪が、天皇を戦犯とすることは巧みに避けつつ、東京裁判で裁かれていたOCCUPIED JAPANの時代。マッカーサーと並んで立った天皇の写真の、猫背を隠そうと胸を張り、口許がきちんと閉じていない感じの醜さに目をそむけ、無条件降伏した祖国を衷心恥じていた私だった。

・・・次号更新【「家畜人ヤプー完結版(ミリオン出版)」より---沼正三】に続く

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